八房を無事封印した後、八犬士達は話し合いの末、集まっているのはやはり良くないだろうと言うことで全国へ散らばった・・・・ ―― はず、だった。 エンドレス・バトル 初夏の匂いが漂う日曜日。 立人と結奈は公園のベンチに座っていた。 珍しく休日なのに立人にバイトが入っていなかったので、結奈に連れ出されたのだ。 日曜日の朝から、元気よく迎えに来た結奈と映画を見て、お昼を食べて、今に至る。 普通に行程だけ書くと、非常に正しい恋人同士のデートプランなのだが、立人が無愛想全開のおかげで生憎甘い雰囲気の楽しいデートという感じではなかったが。 もっとも映画館でも、レストランでも無愛想な立人に違和感を感じるのは周りの人間だけで、結奈は至って楽しそうではあった。 「映画面白かったね。」 近くの自動販売機で買ってきた冷たいジュースを片手に結奈が言った。 「まあな。」 そっけない返事ながら、実はそこには嘘はなかった。 結奈が映画に行こうと誘ってきたときには、甘ったるいラブストーリーを想像して引きつった立人だったが、意外にも結奈が選んできたのは筋の込み入ったサスペンスだった。 「結構ラストは意外だったよね。ずっと私はあの幼なじみが犯人だと思ってたのになあ。」 そう言われて思い出してみれば、確かに結奈は幼なじみ役の役者がピンチに陥るたびに妙にそわそわしていた気がする。 最後にヒロインと幼なじみの男がめでたく結ばれた時には、嬉しそうな顔をしていたし・・・・と考え及んで、立人はこっそりとため息をついた。 (スクリーン見てたんだか、こいつを見てたんだか。) 自分でも呆れてしまうが、どうも後者だったらしい。 と、思考は多少甘くとも、会話は相変わらず素っ気ない。 「考えが浅え。」 「ええ!?川瀬くんはちゃんと犯人、わかったの?」 「なんとなくはな。」 「嘘!?なんでわかるかなあ。じゃあ面白くなかった?」 心配そうに見上げられて、立人はうっと内心呻く。 この反応はちょっとばかり反則だ。 柄にもなく「可愛い」などと思ってしまった。 「・・・・そんな事はねえ。」 内心の考えを打ち消すように、立人がそう答えると結奈はあからさまに嬉しそうな顔をする。 「ならよかった。」 よしよし、と満足そうに頷く結奈がくすぐったくて、立人は手に持っていた炭酸の缶を一口煽った。 つられたように結奈もジュースの缶を持ち上げる。 その時、結奈の手首にきらっと何か光った。 「?」 反射的に目を刺した光の正体を確かめようと、立人は結奈の左手の手首を見る。 光の正体は、細い銀のブレスレットだった。 華奢な作りのシルバーの鎖に、月と星をモチーフにした飾りが付いてる。 なんとなくそれを見ていた立人の視線に気が付いたのか、結奈は一瞬首を傾げて、それからブレスレットに目をやった。 「これ?可愛いでしょ。」 「そうか?」 「な!可愛いよ〜!私なんかもらった時思わず可愛いって言っちゃったくらいだよ。」 「どうせ八尋だろ。」 結奈と双子のようにしょっちゅう一緒にいる少女の名前を出して、立人は一瞬顔をしかめた。 実は結奈には極秘だが、どうも立人は香澄と相性が悪い。 というより、結奈の隣に立人が残って以来、どうもことある毎に喧嘩を売られている気がしてならないのだ。 しかも結奈の手前、立人が買えないのを分かっていて。 しかし、次に結奈がけろりと口にした名前は、香澄以上に立人の顔をしかめさせる物だった。 「ううん、これをくれたのは真心先輩。」 「な!?」 思わず声を出しかかって、すんでの所で立人は思いとどまった。 そしてなんとか冷静な声を心がけつつ、言う。 「桧山先輩は大阪の方へ行ったんじゃなかったか?」 「うん。だから郵便でくれたよ。剣道の大会の入賞記念にって。」 「・・・・そうか。」 郵便・・・・確か連絡先も教えあうのは極力止めた方が良いとかそんな話をして別れたような気がするのだが。 ニコニコと笑う一つ年上の桧山の顔に内心思い切り舌打ちをしたものの、それ以上に確かめなければならないことを立人は急に思い当たった。 「おい、桐沢。」 「何?」 「お前、他にも八犬士の奴らと連絡とってるのか?」 「え?川瀬くんはとってないの?」 逆に驚いた顔で聞き返されて、川瀬は顔をしかめた。 「とってんのかよ。」 「うーん、袴田くんと江積先輩はメル友だよ。真心先輩と那智先輩と飼葉先輩はたまに手紙くれるかなあ。」 「・・・・それだけか?」 声が押し殺したように低くなってしまったが、幸い結奈はその事に気が付かなかったようで、変わらない調子で見事な爆弾を落としてくれた。 「塚野くんとはたまに会うよ。」 (塚野!?) よりによって、あいつかと立人は口元を引きつらせた。 塚野は最後の八房の封印の時まで結奈から離れなかったメンバーの内の一人だ。 要するに恋敵だったわけだ。 八犬士のメンバーは多かれ少なかれ結奈に特別な感情を持ってはいたが、その中で最大のライバルだったと言っていい。 実際、あの騒動の最中、何度結奈の頭ごしに視線をぶつけてにらみ合ったかわからないのだ。 心中とても穏やかとは言い難い立人の横で、結奈は相変わらず呑気に言う。 「妹さんがまだこっちの病院にいるからマメに通ってきてるんだって。だからたまにご飯食べようとか誘われるの。」 「・・・・お前」 「ん?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでもねえ。」 さすがに何か言ってやろうかと口を開きかけて、結局立人は挫折した。 口を開いたが最後、恐ろしく血迷った事を言ってしまいそうな気がしたからだ。 中途半端に空いた間を誤魔化すように、視線を結奈から外した立人は気が付かなかった。 結奈が横目で立人を見て、悪戯っぽく笑った事に。 そして、すました顔をして結奈は言った。 「嘘。」 「あ?」 「だから、塚野くんと時々会ってるっていうのは嘘。このブレスレットも、本当は香澄にもらったんだよ。」 けろっとそう言った結奈の言葉の意味を理解するまで、ゆうに数秒かかったのはその前の葛藤が大きかったせいだろう。 そして数秒後、意味を理解した立人はかあっと赤くなった。 「てめえっ!」 「わー!ごめん!ごめん!だって、少しくらいヤキモチやかせてみたかったんだもん!」 怒鳴られた結奈は両手を顔の前で合わせて謝りながらも、どこか楽しそうで。 立人は見事に結奈の思惑にはまってしまったバツの悪さを抱えながら、怒るべきか、呆れるべきか決めかねた結果、飲み終わった缶をゴミ箱に投げ入れる事で鬱憤を晴らして立ち上がった。 「さっさと行くぞ!」 「あ、ちょっと待って!」 慌てて自分の缶の残りを飲み干す結奈を待たずに、立人は歩き始める。 もっとも、歩き始めると言ってもいつもよりずっと歩調がゆっくりだから、背後で缶をゴミ箱に捨てた結奈が追いついてくるのもすぐの事で。 「ね、川瀬くん。」 小走りで隣を通り抜けて通せんぼするように前に立った結奈が、妙に嬉しそうな顔で立人を覗き込む。 「ヤキモチ、やいた?」 「ばっ!!」 怒鳴りかけて、しばし。 結奈の顔を見ていた立人は心底疲れたようなため息をついた。 (・・・・どうせばれてんだろ。) でなければ、結奈がこんなに楽しそうにしているわけがないわけで。 それはつまり、隠して誤魔化そうとしたところで、結奈を面白がらせるだけという事。 それならば・・・・。 「川瀬くん?」 黙ったまま何か考え込んでしまった立人の態度が不安になったのか、少し伺うように聞いてくる結奈に向かって立人は歩き出す。 そして隣まで来たところで、小さな声で囁いた。 「・・・・こっちだけ見てろ。」 「え・・・・」 驚いたように目をまん丸く見開いた結奈を横目に、立人はその横を通り過ぎた。 少しだけ驚いている結奈の顔を見ていたいとも思ったが、生憎立人にもその余裕がなかったのだ。 なんせ、立人自身の頬もやけに熱くなっている事に気が付いていたから。 でも、まあしょうがないか、とも思う。 どんなにガラでなかろうと、それが本心なのだから。 はあ、とため息をついて立人は足を止めると振り返った。 そこにはさっきの位置できっちり固まっている結奈がいて、思わず立人は小さく笑ってしまった。 「桐沢。行くぜ・・・・ほら」 声をかけて差し出したのは、自分の左手。 結奈は信じられないものを見るような目で立人を見て ―― ぱっと顔を輝かせた。 嬉しそうな顔で駆け寄ってくる結奈を見つめながら、彼女がここまでたどり着いたら、ガラにもないついでに、少しぐらいデートらしいデートをしてもいいか、と思ってみたりして。 ―― 到着した結奈が立人の手を飛び越えて腕に抱きついてきて、大騒ぎになるのはもう少し後の話。 ―― 実は結奈が「嘘」と言ったのは、塚野と会っているという事とブレスレットの事だけで、塚野を含む八犬士のメンバーと、結奈が相変わらず連絡を取り合っていると立人が知って盛大に顔をしかめるのも、さらにしばらく後の話だったりする。 〜 終 〜 |